尽きることのない文字への愛
かつてはユーゴスラビアの一部で、現在は北マケドニア共和国の首都であるスコピエで生まれたペトコスカ氏は、ごく幼い頃から作家への道を歩んできた。
10歳の時、彼女は5歳から書き始めたマケドニア語の詩をまとめた初の書籍『Stars and Sparks of a Dream』を刊行した。この本を出版できたのは、北マケドニアを代表する詩人であるスヴェトラナ・フリストヴァ・ヨチッチ氏の指導と励まし、そして母ヴェラ氏の支援のおかげだという。
ペトコスカ氏の両親は、小さな娘が抱いた学びへの情熱を伸ばしてくれた。彼女は幼い頃から「学校に行きたい」とせがみ、その結果、大半の子どもよりも1年ほど早く入学を認められた。「地元の図書館で一番本を読んでいたのも私でした」と笑う。
ペトコスカ氏はテレビ番組を見て英語を習得。10歳にして英語のエッセイで賞を取る。その後、スコピエの聖キリル・メトディウス大学で英文学と文学翻訳の修士号を取得し、同大学で翻訳学の大学院ティーチングアシスタントとして6年ほど勤務した後、2016年に文部科学省の奨学金を得て来日した。受け入れ先の東京外国語大学ではビジュアルポエトリー(視覚詩)と翻訳の研究を始め、やがてその研究対象はソフトパワーや文化外交へと広がっていった。
彼女の研究の多面性は、人生の歩みの中で自然に育まれたようだ。
「私の祖国のような小さな国の人々は、閉鎖的ではいられません。ほかの場所で何が起きているかとか、場所が違えばやり方も違うかもしれないということを、常に意識しながら成長するのです。このような国際的な感覚が、私にとっては多様な意見や影響をオープンに受け入れる土台となり、広い視野で物事にアプローチすることに役立っています」と語る。
東京:言葉の職人にとって最高のキャンバス
ペトコスカ氏は、その幅広い視野を生かして多くの媒体で執筆し、その一つである雑誌『トーキョー・ウィークエンダー』では企画編集者も務めた。アート展から旅行記、東京や近郊での最高のコーヒー探しまで、彼女の記事の内容は多岐にわたるが、その中でも特に思い入れのある特集記事があるという。
「私は、毎週日曜日の午後に代々木公園で活動する有名なロカビリーダンス集団、ザ・ストレンジャーズを1カ月取材し、インタビューをしたり、居酒屋で一緒に食事したりしました」と振り返る。「記事が出た後、私の名前入りのハンドメイドのハンカチをプレゼントしてくれました。彼らを深く理解し、そのストーリーを忠実に紹介したことへの感謝の印ということでした。本当にうれしかったです」……

