東京との出会いは数十年前にさかのぼります。街そのもの、そのコントラスト、そしてそこに暮らす人々に一目で恋をしました。パリジェンヌである私は、昔から大都市と、その街区ごとに異なる個性を愛してきました。パリでいえば「arrondissement」、東京では「区」です。
私は長年、神楽坂で暮らしてきました。石畳の坂道や奥まった路地、今なお残るフランスの雰囲気が魅力のこの街を、私はかつて東京の小さなパリと表現したこともあります。
今回紹介したいのは、より静かで、観光客の姿も比較的少なく、それでいて魅力に満ちた文京区です。ここ数年で、この街への思いはますます深まっています。一見すると、人を圧倒するような華やかさはありませんが、時間をかけて歩くほどに、その上品さが少しずつ見えてくる、歴史と文化が息づく街です。
誇示することのない気品
文京区でとりわけ心惹かれるのは、誇示するところがない点です。けばけばしいネオンサインも、広告を映し出す巨大なスクリーンもありません。通りには住宅や学校、街の商店が点在し、落ち着いた暮らしの空気が流れています。むやみに人を引きつけようとはせず、歩くうちにその魅力が自然と見えてきます。
東京に息づく左岸(リヴ・ゴーシュ)の気風
「文京」という名前そのものに、「文化や学問の京(みやこ)」という意味合いがあります。パリジェンヌの私は、どうしてもカルチェラタンや、自分にとってなじみ深いパリ市5区の知的な空気を思い浮かべてしまいます。私は世界でも最も古い大学の一つ、ソルボンヌ大学で学びました。パリにいるときは、この界隈で暮らしています。
文京区でもまた、大学が街の景観を形作っています。街の中心にある名門・東京大学の本郷キャンパスには、洋風の赤レンガ造りの建物が並び、それが学究の気風とよく溶け合っています。名高い「赤門」は、その歴史を今に伝える象徴であるといえるでしょう。
秋になれば、キャンパスを彩る銀杏(イチョウ)並木は輝くような黄金色に染まります。学生たちは自転車で通り過ぎ、教授たちは木々の下を思索にふけるように歩き、静かに舞い落ちる葉の美しさに心を奪われます。
文京区の文化は自己主張が控えめです。静かに日常へとしみ込んでいます。小さな専門書店、控えめなたたずまいの出版社、ひっそりとたたずむギャラリーが、この街に稀有な知の厚みをもたらしています。パリのカフェで交わされる活発な議論に慣れた私にとって、この静けさは戸惑うほどでありながら、同時にたまらなく魅力的でもあります。
文学と出版の拠点
文京区には、日本を代表する出版社の一つである講談社や、私のロングセラー『好きなことだけで生きる』を刊行した、大和書房などの出版社が集まっています。学術、出版、そして静かな知の営みが共存し、近年、ますます大きな役割を担うようになっている真砂中央図書館のような優れた図書館もあります。
文京区の魅力は、その均衡と洗練にあります。パリジェンヌである私にとって、ここは二つの文化都市が出会う場所に感じられます。受け継がれてきたものや歴史への敬意、学びと芸術への愛情。そうした共通する価値観が、日本ならではの繊細さを伴って表現されています。
庭園ごとに異なる趣
文京区の数ある魅力の中でも、とりわけ心惹かれるのが庭園です。そこでは、時がふと立ち止まったかのように感じられます。
中でもよく知られているのが小石川後楽園で、とりわけ秋の美しさは格別です。アクセスも良く、都会の喧騒から逃れることができます。楓が深紅に染まる紅葉の季節は、日本ならではの美しいひとときであり、眺めていると心惹かれます。ただ近年、その赤が以前ほど華やかではないようにも感じられます。夏の暑さから冬の寒さへと一気に移ろい、本来の秋が短くなっていることの表れなのでしょうか。
静かな庭園の風景の中に身を置きながら、近くの東京ドームから大規模なコンサートのリハーサル音が聞こえてくれば、どこか現実離れした気分になります。けれど、それもまた東京の魅力だといえます。喧騒と静寂、大きなものと小さなもの、現代と伝統。そうした相反するものが、この街ではごく自然に共存しています。ここでは、現代性が過去を押しのけるのではなく、両者が共存しているのです。
ここ数年で、新たに魅了された場所があります。以前より広く一般に親しまれるようになった小石川植物園です。花見の季節には桜が咲きそろい、その美しさは格別です。白い花が流れ落ちるように咲くものもあり、多彩な桜の姿は、パリ市5区にある植物園ジャルダン・デ・プラントを鮮明に思い起こさせます。毎年春になれば、その見事な桜を目当てに多くの人が訪れます。
近くには、詩情あふれる景観と洗練された四季の美しさで知られる六義園もあります。文京区には、時の流れの外へと誘ってくれる場所が一つではなく、いくつも存在します。例えば、11月末にライトアップされる肥後細川庭園や、春になると3,000株のツツジが咲き誇る根津神社などです。
さらに、初夏にはホタルが舞う緑豊かな庭園を擁する椿山荘も忘れてはなりません。そこには、また別のかたちの洗練された静けさがあります。私自身、この庭園に面したティールームで、出版社の方々と本づくりについて何度も長い打ち合わせを重ねました。発想を広げる場として、この場所が選ばれてきました。
緩やかな坂と路地の奥
文京区の魅力は、「坂」の多さにもあります。根津や白山界隈を歩けば、細い階段や家々の間にひっそりとたたずむ小さな社、静かな高台の先の思いがけない眺めに出会います。こうした緩やかな起伏に出会うたび、その名に「坂」を含み、奥まった路地がパリを思わせる神楽坂で過ごした日々を思い出すのです。
思いがけない都市間の友情の象徴として心に残っているのが、カイザースラウテルン広場です。都市もまた、国境を越えて絆を育むことを思い出させてくれる場所です。2025年7月に始まったパリ市5区との友好交流を受け、近い将来、同じような象徴がパリ市5区にも生まれることを願っています。
都市を結ぶ友好
文京区が2025年7月7日、カルチェラタンとして知られるパリ市5区と友好交流に関する覚書を締結したことは、いまだ広く知られているとはいえません。
同時に、日仏カルチェラタン協会(AFJQL)も設立され、両文化へのより深い相互理解を育む取組が始まりました。
このつながりは、ごく自然なものに感じられます。文京区の静かな通りを歩き、図書館や庭園のそばを通ると、パリのカルチェラタンの面影がふと重なります。学びへの深い思い、歴史への敬意、知の厳しさと日々の暮らしに宿る詩情との調和。そのどれもが、どこか通い合っています。
スポーツと規律、そして武道の精神
文京区は、文学や庭園の街であるだけでなく、武道の世界的な拠点でもあります。
文学と庭園、その両方にほど近い場所にあるのが、嘉納治五郎氏が創設した柔道の総本山、講道館です。講道館には世界中から柔道家が集まり、近くには嘉納氏の像が堂々と立っています。パリの数多くの道場で親しまれているこの武道の精神的なふるさとが、この街にあると思うと感慨深いものがあります。
同じく重要な存在が、日本空手協会の総本部です。この組織は、世界中の多くの修練者に影響を与えてきました。指導者たちはたびたびフランスを訪れ、現地で指導に当たっています。
パリ市5区では空手や柔道のクラブが盛んであり、ここ文京区にはその深いルーツがあります。
スイーツ・ディスカバリー
散策に、ちょっとしたスイーツの楽しみは欠かせません。本郷三丁目駅近くの「丹波やながわ」で味わう、丹波の小豆餡を挟んだどら焼きは、素朴でありながら洗練された一品です。伝統を大切にし、気取らず、それでいてしみじみと美味しい。そんな文京区の気風に、よく似合うのです。
さりげない暮らしの美学
この街の魅力は、さりげなさにもあります。住宅街の小道、人知れぬ祈りの場、大切に残された伝統家屋。そこには、都会の喧騒から遠く離れた、どこか地方の町のような親密さのある、もう一つの東京の姿があります。
ここでの散策は、何百年もの歴史を持つ庭園から静かな通りへ、由緒ある神社から現代的な複合施設へと、途切れることなく穏やかにつながっています。その調和こそが、この街をこれほどまでに愛おしく感じさせる理由なのです。文京区を歩くことは、東京のもう一つの顔に出会うことでもあります。そこには、華やかさよりも思索が、商業性よりも文化の薫りが息づいています。人を圧倒しようとはせず、ただ歩調をゆるめるよう静かに促してくれる。そして東京では、ときにそうした時間が必要なのです。🌿✨
ドラ・トーザン
翻訳/田崎 桃子
