自身の体験を生かして事業を開発
大川氏はシンガポールにあるウェブメディア企業でキャリアの第一歩を踏み出し、そこで林氏と知己を得た。2018年に帰国後は、インフルエンサーマーケティングに携わり、息子を出産するまでさらに経験を積んだ。
「子どもを持つと本当に人生が変わります。しかし、昼も夜も3時間ごとにミルクを飲ませる生活で、へとへとになっていたことも覚えています」と彼女は話す。「親たちの日々の負担をもっと軽くする方法がきっとあるはずだと考えるようになったのは、この頃でした。その思いがやがて、BetterDaysの創業につながりました」
シンガポールで自動ミルクメーカーを目にしたことがあった大川氏は、これが新米の親たちの負担を軽減できるのではないかと考えた。厚生労働省はベビー用品に対して、厳しい安全基準を設けている。日本の親たちの中には輸入品の自動ミルクメーカーを使う人もいたが、公的な承認を受けていないため、使用を躊躇する人もいた。大川氏から、日本市場向けの商品を開発するという計画を持ちかけられた林氏は、協力することを快諾した。
財務のバックグラウンドがあり、大手ベビー用品メーカーとのつながりもある林氏は、信頼できるパートナーに連絡し、日本の安全基準を満たすことができる中国の工場を探し出した。優れた技術的ノウハウを有する企業に的を絞り、二人はいくつかの試作品を作成し、安全基準に適合するよう入念に改良を重ねた。
24時間体制のサポートを提供
完成した自動ミルクメーカー「milkmagic」には、粉ミルクと水をあらかじめセットしておくことが可能だ。その後、ボタンを押すだけで、約20秒で厚生労働省の調乳ガイドラインに定められた70℃以上のミルクを作ることができる。主なターゲットは子育て中の親であるが、祖父母や保育施設、産科病棟も使用している。
BetterDaysはまた、milkmagicの使い方について24時間いつでもアドバイスを提供するAI搭載サービスを開発した。夜中にお腹を空かせてぐずる赤ちゃんを抱えて疲れ切っている親たちにとって、瞬時に得られるアドバイスは命綱のように感じられるだろう。
「システムがすぐに対応してくれれば、利用者のストレス軽減につながります」と大川氏は話す。「製品を安全にご利用いただくためにも、AIアシスタントへの相談を呼びかけています」
アシスタントの開発にあたり、BetterDaysは以前に開発したアプリ「子育て支援ナビ」で得られた知見を活用した。このアプリ事業では、顧客との対話ログを通じて、LLM(大規模言語モデル)やチャットボットに関する知識が蓄積されていた。子育て支援ナビは既に終了しているが、その経験はmilkmagicのサポートサービスを構築する上で大いに役立った。
「ベビー用品の利用者は、夜遅くに疑問にぶつかることが多いのです」と大川氏は説明する。「私たちはこれまでに学んだことを応用・発展させ、当社製品に関する質問に的確に答えられる仕組みと知識ベースを備えたAIアシスタントを設計しました」
東京のリソースを最大限に活用する
大川氏は、東京都が主催するプログラム「APT Women」に参加したことで、事業の次の段階に向けた確固たる基盤を築くことができた。ビジネスリーダーとしての成長を目指す女性を対象とした同プログラムは、マネジメントや事業拡大に関する研修のほか、他の起業家や将来の協業相手となり得る人たちとの交流機会を提供するものである。
「特に貴重だったのは、自分と同じように子育てをしながら事業を立ち上げている人たちや、女性起業家を支援したいと考えている人たちと直接つながることができた点です」と、2025年にこのプログラムに参加した大川氏は語る。彼女はまた、人脈作りという側面がとりわけ大きな意味を持っており、将来的にBetterDaysが公的機関と連携する道を開くことになるかもしれないと話す。
大川氏は、BetterDaysの拠点をどこにするか決めるにあたり、慎重に検討した。シンガポールで、水辺に近い場所での暮らしや仕事を楽しんだ経験から、彼女は、品川区の天王洲アイル駅に近い寺田倉庫が、自社にとって理想的な拠点だと語る。天王洲運河沿いにあるかつての倉庫群は、スタートアップ企業やアート展示、カフェが集まる創造的な拠点に生まれ変わっている。
「水辺の大きな魅力は、オフィスで仕事をした後に外に出れば、すぐにリフレッシュできることです。あの雰囲気が大好きです。水辺が近くにあるのは最高です」と彼女は熱く語る。この場所は、新幹線の主要駅である品川駅のほか、羽田空港や港湾検査施設にも近く、彼女の事業にとって非常に好都合である。
大川氏は、東京は子育てにも理想的な場所であると感じている。「とても多くの選択肢があり、本当に感謝しています。東京はまた、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが集まる場所でもあります」と彼女は述べる。「東京の人々は冷たいと言われることがありますが、実際には親同士で多くの情報を共有し、おすすめのサービスを紹介し合ったり、役に立ったものを教え合ったりしています」
家族を支えるスマートシステム
今後も大川氏は、子育て中の親たちの毎日を楽にする製品の開発を続けるとともに、ソフトウェアを用いて、製品の説明や顧客からの問い合わせなどの情報面でのニーズに対応していきたいと考えている。「少子化が深刻な社会問題となる中、BetterDaysはさまざまなテクノロジーを駆使し、イノベーションを通じて家事の負担を軽くすることを目指しています」と彼女は話す。
親たちの中には、育児が「効率性」という切り口で語られることに違和感や罪悪感さえ覚える人もいると彼女は認めている。しかし、BetterDaysの目的は子育てを生産性の問題とすることではない。あくまでも、日々の負担を軽減して、家族がより有意義な時間を一緒に過ごせるようにすること、子育て中の人たちが自分自身に目を向ける余裕を持てるようにすることを目指している。忙しい親なら誰でもこの目標に理解を示し、歓迎するだろう。
大川未央
株式会社BetterDays
https://betterdays-jp.com/
写真/藤島亮
翻訳/喜多知子