デフリンピックを支える手 「手話通訳士」の視点から見る、“違う”世界
「東京2025デフリンピック」(きこえない・きこえにくい人の国際スポーツ大会)が、いよいよ2025年11月15日(土)から開幕になります。記念すべき100周年の大会が日本で初めて開催となり、東京都でもさまざまな関連イベントが行われています。
デフリンピックにおいて、デフアスリートや大会運営を支える大切な役割を担うのが、手話通訳の方々。そこで、第一線で活躍する手話通訳士の方々にスポットを当てたトークセッション「ふたつの世界をつなぐ存在~手話通訳士の魅力~」が開催されました。
当日は、ろう者でありデフリンピック応援アンバサダーである川俣郁美さんがファシリテーターを務め、江原こう平さん、佐藤晴香さん、橋本一郎さんの手話通訳士3名がパネリストとして参加。ステージでは、普段は見えにくい手話通訳士の仕事や社会における重要性、そしてデフリンピックへの思いについて語り合いました。
今回の試みとして、登壇者4名はすべて手話言語でお話しして、日本語音声での通訳と字幕モニターで表示するという方法で進められました。この方法だと手話言語を読み取れる人が最も早くトーク内容を理解し、きこえる人(手話言語を読み取れない人)は少し遅れて通訳の音声を通じて理解するという状況です。多くのイベントはきこえる人を中心に運営されるのに対して、これはユニークな試みだと感じました。
「手話通訳士」とは、厚生労働大臣認定の「手話通訳技能認定試験」に合格し、登録した人のこと。昨年の合格率はわずか5.5%で、難関資格としても知られています。現在日本に約4200人いますが、そのうち実際に手話通訳士として活動している方は約半数といわれています。近年は情報保障の意味でもテレビやイベントなど、手話通訳が活躍する場面は増えているけれど、人材不足も課題の一つ。
その中で、みなさんが繰り返し話していたのが「主体はきこえない人・きこえにくい人ときこえる人。私たちはそれをつなぐ役割」、つまり裏方に徹するということ。お互いが対等に情報を得られる状況を作る、そのために場を調整することが大切だと話していました。
もう一つ、印象的だったのが、「言語と文化が違う」「身体感覚が違う」ということ。この「違い」について、パネリストのひとり、手話通訳士の佐藤さんにお話を伺いました。ご自身も水泳経験者として、日本デフ水泳協会の手話通訳者としてチームの合宿や大会に同行しています。
手話と日本語は言語が違う、文化が違うということ
「かつての私にとって手話で会話することは、海外留学をするとか外国の方と話すことに近い感覚でした。 そこには違う言語と文化を持った人たちの世界があり、大学時代には夢中になって、手話のコミュニティに足を運んでいました」と佐藤さん。
手話とひとことでいっても、手だけで表現するものではなく、顔や体の動きも大きな要素なのだそう。
「例えば、眉の傾きとあごの動きによって肯定文が疑問文になり、口のふくらまし方に副詞的な要素があるなど、顔の動きが文法的な意味を持っています」
手話通訳士の方が口をそろえて「手話は楽しい」「世界が広がる」、と話していたのは、もちろんきこえない・きこえにくい人とコミュニケーションが取れるということもありますが、手話言語を通して音声言語とは違う表現や文化の魅力に惹かれているからかもしれません。
身体感覚が違う、情報のとらえ方が違うということ
もうひとつ、興味深かったのが、身体感覚が違うという話。
「ひとつエピソードをお話しすると、大学生の時にきこえない・きこえにくい学生によって運営されている宿泊イベントに参加して、大浴場にみんなで入ったときのことです。私は単に気持ちよかったな~、としか思わなかったのですが、ろうの学生が手話で話していたのは、『あのお風呂よかったね。洗い場がいくつもあって、浴槽がこんな形で、電灯が明るくて、装飾があってきれいで・・・』という内容。その学生の記憶は映像として精密に残っている、と感じました。これが情報のとらえ方が違うということなのかなと」
きこえる身体、聴者の身体で生まれ育った私にはない感覚を持っているのだ、と実感したのだそう。
デフスポーツならではの工夫や水泳経験者としての寄り添い
現在は、デフリンピックに向けて水泳日本代表の合宿に同行し、大会中も手話通訳としての任務を担っている佐藤さん。そこにはデフスポーツならではの工夫もあります。
「スポーツは体を使って行うものなので、指導者が直接見せたほうが早いこともあります。例えばきこえるコーチが選手にアドバイスするときに、口頭で説明しながら自分で動きを見せることがあります。そんな時は一度通訳を止めて、選手にはコーチの方を目で見てもらうように促したりします」
ご自身が競泳と水球を経験していることも、役立っていると言います。
「例えばパドル(水泳の練習時に手に着ける板状の器具)、ストリームライン(水の抵抗を最小限にする姿勢)など水泳の専門用語や、水をキャッチする感覚など、指導者が伝えたいことが理解できます。
また、自分自身、記録が伸びなかったり、肩を痛めたりした経験がある分、伸び悩んでいる選手の気持ちがわかるつもりです。私のこういった経験が、現場で何らかの形で生きていれば嬉しいです」
初めてのデフリンピック、どんなシーンが見られるか楽しみ
「デフリンピックの会場に行くのは今回が初めてなので、私自身も楽しみにしています。水泳チームに帯同していて、通訳としての活動が最優先ですが、時間があればほかの競技も観戦してみたいです」
デフリンピックは、選手約3000人、スタッフ約3000人規模の国際大会。日本語の音声と手話言語を通訳する人以外にも、各国の手話と国際手話(国際交流のためにつくられた共通の手話言語)を通訳する人が活躍する予定です。リレー通訳といわれる場面が生じるのも国際スポーツ大会ならでは。
「とにかく生のデフリンピックを見てもらいたいです。ぜひ会場に来てください。選手たちや観客たちの手話が会場にあふれ、きこえる人がマイノリティになる経験というのは、きこえる人たちにとってもレアな体験になると思います」
東京2025デフリンピックは、11月15日(土)から26日(水)まで、12日間にわたって21の競技が開催されます。事前の申し込みは必要なく(開閉会式、一部の競技を除く)、どなたでも無料で観戦できるので、ぜひ現地に行って選手を応援しながら、手話通訳の方々の活躍にも注目してみてください。
TOKYO FORWARD 2025
東京2025デフリンピック