400年以上にわたり観客にユーモアを届ける
落語は400年の歴史がある日本の笑いの話芸である。着物を着た1人の噺(はなし)家が高座に正座し、扇子と手ぬぐいだけを小道具に使って滑稽な話を聞かせる。落語は主に2つの部分で構成され、三輝氏は「冒頭部分は漫談によく似ています。噺家自身の話をし、自己紹介のような役割があります」と話す。自嘲的なユーモアや日常生活の話が一般的で、観客を次の本題へと引き込む。
本題に入ると、噺家は一人何役もこなしながら対話を始める。「左を向いているときはある人物、右を向けば別の人物になります。そして、どのような噺にもオチがあります」と三輝氏は話す。本題の方が長く、この部分は何百年にもわたり師匠から弟子へと受け継がれてきた。また、落語には東京発祥の江戸落語と大阪発祥の上方落語がある。三輝氏が手がけるのは上方落語だ。
桂三輝氏(本名はグレゴリー・ロービック)は、落語家の肩書を手に入れた2人目の外国人である。カナダの劇作家、作曲家、プロデューサーであり、ギリシャの古典演劇をこよなく愛する三輝氏が1999年に初来日したのは、古代ギリシャの演劇と日本の歌舞伎の類似性を論じる記事を読んだ後だった。「2000年前のものなので、ギリシャの演劇を原形のまま見ることはできません。しかし、歌舞伎は始まりから今も続いており、伝統的な形で演じられています」
歌舞伎を取り入れるつもりで日本を訪れたのに、逆に日本に心を奪われ、三輝氏は日本にとどまることを決意した。落語に出会ったのはさらに5年後で、地元の料理屋での公演だった。「そこでは月に一度公演があり、招待してもらいました。その招待が私の人生を変えたのです」
落語家の弟子に
三輝氏はすぐに熱烈な落語ファンになり、やがてその思いは自分も演じたいという気持ちに変わっていった。しかし、まず師匠を探さなければならなかった。「大阪に上方落語を見に行き、そこで初めて6代目桂文枝師匠に出会いました」。三輝氏は、偉大な落語家である文枝氏に弟子入りを申し出たが、師匠はそう簡単に弟子をとるものではない。
「当時は外国人落語家がいなかったため、師匠は少し慎重になったと思います。徒弟制度は非常に厳しく、3~4年は休みもなく、寝ても覚めても師匠と一緒です。日本語の敬語も覚えないといけませんし、こまごまとした雑用もこなさなければなりません。あれをやれ、やっぱり戻せ、と毎日そんなことの繰り返しです」と三輝氏はおどけた。しかし、1年弱待ってようやく弟子入りがかなった。この程度時間がかかるのは珍しいことではない。
三輝氏は「弟子入りが認められるとすぐにプロになり、師匠から芸名を付けられ、噺をする許可をもらいます。順序が逆というか、運転免許を取ってから運転のしかたを覚えるようなものです」と説明する。3年後に見習い期間が終わり、一人の落語家として世界へ飛び出した。
その後、三輝氏は精力的に高座に上がり、世界中で公演を行った。あふれんばかりのエネルギーと噺の才能で、行く先々で観客を引きつけた。東京のほか、ロンドンのウエストエンドやニューヨークのブロードウェーでも公演を行った。大阪で開催されたG20サミットでは、歓迎レセプションの2カ国語MCも務めた。
東京の内外でさらに活動を強化
「現在100人以上の噺家がいますが、これは過去にない人数です」と三輝氏は言う。人気は日本国内や日本人客にとどまらず、三輝氏をはじめとする落語家たちは日本の落語を海外へ広めている。「英語で落語を行うのは私が最初ではありません。何人もの日本の先輩たちが、草分け的存在となって海外で公演を行ってきました。私は皆さんの肩に乗っているだけです」。三輝氏にはちょっとした運もあったという。「ちょうど海外で公演を始めた頃の2017年に、落語のマンガ『昭和元禄落語心中』が英訳されました。それによって、世界の多くの人が落語を知りました」
東京には、英語と日本語の両方で落語を楽しむことのできる場所がいくつもある。「日本語の落語については、新宿、浅草、上野、池袋に多数の寄席があり、日本橋にも規模の小さい独立系の寄席があります」と三輝氏は言う。さらに、「英語の落語を見たい人は、私のところに来てください」と笑いながら付け加えた。「浅草の木馬亭で毎週月曜日に出演しています」
舞台好きの三輝氏にとって、東京は魅力的な街である。「ここではさまざまな公演が行われて最高です。海外の有名なコメディアンもやって来て、大規模な会場をいっぱいにするのは本当にすごいと思います。外国人の観客がたくさんいる上に、英語がわかる日本人の観客もいて、席が埋まるということです」
東京では自身の公演も増え、観光客や日本らしい体験を求める人も増えていることから、落語を聞きに寄席に行ってみようという人も増えると三輝氏は期待している。「毎月新たに東京にやって来る人がいるので、落語について広く伝えることができれば、きっと満席にすることができるはずです」。観客は何を期待し、どんな準備をしていけばよいのかと尋ねると、三輝氏は「何もいりません、ただ来て楽しんでください」と答えた。
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桂三輝(かつら さんしゃいん)
写真/穐吉洋子
翻訳/伊豆原弓