日常生活にもっとシームレスな体験を
学校、病院などの都有施設や区市町村施設、さらに公衆電話ボックスまで、東京の公衆Wi-Fiは静かに大きな変貌を遂げている。これまでは、いくつものWi-Fiが混在し、いちいちログインする必要があったが、バックグラウンドでデバイスを認証できる国際規格であるOpenRoamingによる統一的な自動接続の仕組みへと着実に置き換わりつつある。この技術が「つながる東京」展開方針をどのように支えるのかを探るため、Wireless Broadband Alliance(WBA)会長兼CEOのティアゴ・ロドリゲス氏と東京都の担当者に話を聞いた。
ナビ、決済、翻訳をはじめ、日常のあらゆるサービスをスマートフォンで利用する都市において、信頼できる接続環境はもはやぜいたく品ではなく、生活に欠かせない必需品である。一度利用登録をすれば自動で接続できる国際規格であるOpenRoamingは、Wi-Fi接続するために頻繁にパスワードを求められ、何度もログインする煩わしさから利用者を解放するものだ。
ロドリゲス氏は、OpenRoamingの影響力を簡潔な言葉で表現する。「ネットワークを手動で選択したり、パスワードの入力を求めたりするべきではありません。デジタルが前提となった現代において、デバイスが安全に自動接続できることは当然の期待です。OpenRoamingは、公衆Wi-Fiの利用者に、ついにその当たり前をもたらします」
このユーザーファーストのアプローチは、「つながる東京」を目指す東京都の長期ビジョンの柱である。東京都の担当者は、「『スマート東京』を実現するには、通信を必要不可欠な都市インフラとして扱うべきです。私たちが目指すのは、利用者の利便性が高く、安心・安全にデジタルサービスにアクセスできる都市です」と説明する。
東京都がOpenRoamingの導入を先導し、グローバルリーダーになるまでの経緯
東京は現在、いち早くOpenRoamingを導入した都市として世界的に認められている。ロドリゲス氏は「日本は世界に先駆けてOpenRoamingを導入しており、東京は他の国際都市の基準となっています。東京都は、区市町村等への支援や方針の提示を通じて、都内での導入を加速させています」と話す。
ここ東京におけるOpenRoamingの拡大は、「つながる東京」という広範な通信政策に基づいている。この政策の実現に向け、5G、Wi-Fi、衛星通信などの多様な通信技術を、適材適所で活用可能にするための環境整備を加速させている。
都はアプローチの一環として、都市全域での接続を可能にするために、都有施設や公衆電話ボックス等への整備を進めている。東京都は日本の地方自治体として初めてOpenRoaming対応の公衆Wi-Fiプラットフォームを運用開始し、これを採用する区市町村などの負担を軽減している。
OpenRoamingは、すでに都庁舎や都立の学校、病院など主な公共施設で使われている。いずれホテル、小売店、イベントホール、大学などの公共・民間施設の参加が増え、OpenRoamingの普及につながると期待されている。
誰もがつながる世界へ
OpenRoamingは、住民や観光客も含め、多様なユーザーを支える。都はこの取組を進めるにあたり、包摂性を重視している。都の担当者は「一度利用登録をすれば、街中を移動していてもWi-Fiを意識することなく利用できます。信頼できる接続手段は、住民の利便性を高め、観光客のアクセスを向上させ、公共施設等での体験を一層充実させます」と述べる。
デジタル技術に詳しくない人でも、安心・安全なWi-Fiに自動接続できればデジタル社会に参画する障壁が低くなる。ロドリゲス氏は「OpenRoamingは、Wi-Fiへの接続を維持するための手段やデバイス、スキルの有無にかかわらず、インターネットへのアクセス機会を広げます。誰もが利用できる環境を通じて、あらゆる人に新たな機会を提供します」と話す。
認証を簡素化し常時接続を提供することによって、教育機関、医療機関、公共施設での利用もサポートできる。
緊急時に備える
東京都の通信戦略は、日常の利便性だけでなく災害時の対応も重視している。日本は台風や地震などの自然災害が多く、通信インフラは想定外の事態に耐えるものでなければならない。
ロドリゲス氏は大きな可能性を見据えている。「緊急時には4G・5Gに障害が起きたり、通信が集中し混雑してつながりにくくなることがあります。特に携帯電話の電波が届かない可能性のある屋内環境で、Wi-Fiは重要な通信手段となりえます」
都も同じ考えを持っている。「災害時には複数の通信手段を持つことが重要です。Wi-Fiを4G・5Gなどの移動通信システムと併用できれば、避難所や公共施設でより迅速に情報共有ができます」と担当者は話す。
技術が進化すれば、OpenRoamingで緊急アラートや位置情報に基づく通知を配信することも可能で、WBAは世界各国の政府とこれについて積極的に協議を進めている。
イノベーションのエコシステム拡大
海外では、OpenRoamingは公共施設だけでなく、民間施設にも導入が進んでいる。ロドリゲス氏は「ホテル、スタジアム、空港、コンベンションセンター、学校などの幅広い分野で、自動接続を実現できます。既存のWi-Fi環境を活用できる場合はコストを抑えながら導入でき、利用者満足度の向上にも大きく寄与します」と説明する。
一部の国の学校ではすでにOpenRoamingが導入され、生徒、教師、職員を個別のデジタルIDで認証しており、ネットワーク管理の簡素化や安全性の向上に役立っている。東京都でも将来的にエコシステムに加わる組織が増えれば、同様のユースケースが生まれる可能性があるとロドリゲス氏は言う。
「私たちは、小売店、観光施設、民間企業の間でOpenRoamingの採用が広がることを期待しています。官民の協力は必須であり、東京都はすでに明確な方針を示しています」
Wi-FiとデジタルIDの未来
ロドリゲス氏は将来に向けて、今以上にWi-Fiが日常生活の中心にある世界を思い描いている。このことは東京のような大都市にとって明確な意味を持つ。「米国では、インターネット・トラフィックの85%が、自宅、職場、公共スペースなどのWi-Fi経由です。しかし、公衆Wi-Fiにはいまだに時代遅れのログイン方式を使っています。OpenRoamingは現時点で最も進んだWi-Fi接続・認証の規格ですが、将来はさらに進化すると予想しています」
アジア最大級のイノベーションカンファレンス、SusHi Tech Tokyo 2025の期間中、ロドリゲス氏は東京を訪れ、この地域のパートナーと継続的な活動を行う中で、都の職員とも会談した。
2026年1月、東京都とWBAはTokyo Innovation Base(TIB)で共同イベントを開催し、OpenRoamingの導入状況を紹介するとともに、将来の取組に関する情報を提供した。
もっとつながる東京に向けて
東京都のOpenRoaming導入は今も拡大を続けているが、都市全域のネットワークの基礎はすでに強固である。都の政策的リーダーシップとWBAの技術的知見によって、東京は、安全で利便性の高い公衆Wi-Fi整備のグローバルモデルとしての地位を確立しつつある。
ロドリゲス氏は、将来のビジョンを次のようにまとめている。「私たちは人々に、簡単、安全に、誰の力も借りずにつながってほしいと考えています。住民でも、高齢者でも、観光客でも、家族でも。それがWi-Fiの未来であり、東京は先頭に立って進んでいます」
ティアゴ・ロドリゲス
写真提供/ティアゴ・ロドリゲス
翻訳/伊豆原弓

