テレビディレクターから場づくりへ
上田氏のキャリアは、テレビのドキュメンタリー番組のディレクターから始まった。音楽や映画といったカルチャーにどっぷり漬かって生きてきた若者の一人として、「それを仕事にしたい」という思いから選んだ道だ。しかし、約10年間にわたるディレクターの仕事の中で、その表現の場をリアルな場所へと移す転機が訪れる。
「インターネットやSNSが普及し、情報チャンネルがテレビだけに限定されなくなり、表現をテレビの中に閉じ込めるのはもったいないと感じました。また、視聴率という大きな数字の向こうにいるはずの視聴者の顔が見えなかったことにも、もどかしさを抱いていました。もっと手触りのある場所で、関係性が生まれる瞬間を見たくなったんです。そんな中、音楽フェスやアウトドアのイベントに参加してその場の熱量を感じたり、建築やデザインの仲間と一緒にイベントを開催したりするうちに、リアルな場づくりにキャリアが自然とシフトしていきました」
こうした実感から上田氏は、建築やデザイン、編集を横断して場づくりを行う合同会社ウェルカムトゥドゥを知人と設立。そして現在、その活動の中心となっているのが、高架下リニューアルプロジェクトの一環で街づくりの受け皿として設立された一般社団法人学芸会だ。
現在、学芸会は、参加型複合商業施設「GAKUDAI COLLECTIV」のコワーキングスペースやアトリエの運営をはじめ、ローカルマガジンの編集・発行、エリアイベントの企画などを担っている。単なる施設運営に留まらず、学芸大学駅の周辺に多く住むクリエイティブな人々が、自分の職能を住んでいる街に還元できるような「街と関わるきっかけ」を生み出している。
人や食、文化が交差する書店「COUNTER BOOKS」の役割
上田氏の学芸大学駅周辺エリアとの関わりは、この地に会社の拠点を構えたことに始まる。初期の取組の一つが、2018年頃に事務所の1階を私設の公民館としてスタートした「路地裏文化会館シーネ(C/NE)」だ。これは使い方を明確に定めず、多様な人が使えるコミュニティスペースとして機能した。
「シーネは家でも会社でもない場所で自己表現を試みる人たち、例えばスペースを間借りしてカレー店を始める人などが、活動をエンパワーされる場所として機能しました。そこから活動が街に広がっていき、台湾の夜市の雰囲気が楽しめる『CHI-FO台湾屋台縁食区』を一緒に立ち上げるなど、緩やかなコミュニティが生まれていきました」
路地裏文化会館シーネ(C/NE)やCHI-FO台湾屋台縁食区が育っていく中で、学芸大学駅の高架下リニューアルの一環で生まれたのが書店COUNTER BOOKSだ。本や食、文化が交差するユニークな空間で、本棚には約2,300冊が並ぶ。「食べる・暮らす・働く・疑う・つくる」をテーマに選書され、月に3分の1ほど売れていくという。
「学芸大学駅の周辺には30代、40代のクリエイターが多く住んでいるにも関わらず、彼らを刺激するような新刊書店がないという問題意識がありました。書店単体では利益が薄く誘致が難しいことから、私たちが持つ企画力や飲食店の経験を生かし、『本屋だけでは難しいなら、様々な要素を組み合わせて自分たちでやろう』と決意しました。本を買うだけではなく、本をきっかけに対話が生まれ、世界のストリートフードを味わう。そんな誰もが気軽に本と出会える街のインフォメーションカウンターのような場所にしようと考えました」
オープンから1年、常連客が増え、海外からの来訪者も確実に増加している。路地裏を巡って個人店を探す楽しさ、新旧が混ざる街の風景、英語で行われるブッククラブ(読書会)やクラフト系マーケットなど、学芸大学駅周辺の魅力を体験できる拠点として、COUNTER BOOKSは街に根づいている。
新しくて懐かしい街・学芸大学の魅力
2024年に「Time Out」の、「世界で最もクールな街」に選ばれた学芸大学。上田氏はこの街を「新しくて懐かしい」と表現する。
「このエリアは、渋谷まで電車で10分という利便性を持ちながら、懐かしい街並みや地域コミュニティが色濃く残っている『東京なのにローカル』という珍しい立ち位置にあります。特に魅力的なのは、バスロータリーがなく、商店街が駅とダイレクトにつながっている『ウォーカブルな街』であること。車主体の街ではなく、人が徒歩で活動するヒューマンスケールな設計になっていることで、歩いていれば人との出会いが生まれる可能性が高いんです」
さらに、活気ある個人店が多く、チェーン店もあって住みやすさが保たれている一方で、本屋やレコード屋などカルチャーの発信源も多い。「ローカルとカルチャーのバランスが良い街」であることが、この街の最大の魅力だという。古い店とCOUNTER BOOKSのような新しい店が両方楽しめる「新旧の融合」も学芸大のおもしろさだ。
「金太郎あめ」方式ではなく、ローカルが主役の街づくり
一般的に、賃料が高騰する再開発エリアではナショナルチェーンが多く入居し、結果として似たような施設が生まれる傾向があるのに対し、学芸大学駅の高架下リニューアルプロジェクトは一線を画している。
「どの街にも同じような施設が生まれる、いわゆる『金太郎あめ』方式の再開発ではないアプローチをチームで模索しました。このエリアには、街に愛着を持つ住民やローカル店舗が多いという特性があります。そのため、工事が始まる3年ほど前から、街のさまざまな人の話を聞きながら、『学芸大の文脈を活かした先にある新しい変化』というテーマを大切にしました」
この街で暮らす人たちが特に好意的に受け止めているのは、高架下リニューアルプロジェクトが掲げた「朝も昼も楽しめる街」の実現だ。
「コロナ禍以降、このエリアは夜の飲食店が増えて夜が元気な街という傾向がありました。そこで高架下には、惣菜屋や花屋、本屋、サンドイッチ屋、パン屋など、昼間に楽しめるお店を意図的に誘致しました。その結果、週末の昼間に人々が外の縁側でゆっくり過ごすなど、昼のシーンが増え、まちの皆さんから『生活スタイルや過ごし方の選択肢が増えてうれしい』という声をいただいています」
密度の高い街が集まる東京の可能性
今後の学芸大学エリアとの関わり方について、上田氏が着目しているのは、この街に暮らす人々の職業のバックグラウンドの幅だ。
「このエリアには、職人や料理人、ミュージシャン、編集者など、本当に多様な職業の人が暮らしています。その知恵や生き方を次の世代にどうつなげていくか。例えば、『学芸大学の職業図鑑』のような、教育的なコンテンツを形にしたいと考えています。良い大学に入って大企業に就職すること以外にも、様々な生き方、働き方のバリエーションがあるということを、学校だけでなく『町場』で下の世代に伝えられるような企画を、この街ならではの取組として実現したいと思っています」
上田氏は学芸大学エリアでの活動を通して、東京という都市が持つ普遍的な魅力についても言及する。
「海外に行けば行くほど東京がすごいと思うことの一つは、渋谷や新宿のような大きな街だけではなく、学芸大学や吉祥寺、代々木、三軒茶屋、清澄白河といった、活気のある中規模な街で、かつカルチャーやコミュニティなどのある濃密なローカルが、無数に存在していることです。人、もの、ことが凝縮された街が無数にある。これは他の大都市には見られない、東京というメガシティのすごい点だと思います」
この中規模な街の無数な存在こそが、東京の選択肢の多さ、ひいては都市の多様性を生み出していると話す。
「自分のライフステージや価値観の変化、興味に合わせて、多様な受け皿が用意されています。これと決まったものがあるのではなく、選択肢が豊富なんです。コミュニティも含めて、こんなに風通しが良く、選択肢が多いというのはすごいことだと思います。自分にしっくりくるコミュニティやレイヤーが見つけられる、風通しの良さが東京にはあります」
上田太一
写真/藤島亮
