100年前の名建築を巡るプチタイムトリップ~東京文化財ウィーク~
加賀のお殿様の暮らしを垣間見る「旧前田家本邸洋館」
緑に囲まれたとんがり屋根の建物は、まるで物語に出てくるようなお屋敷。旧加賀藩主前田家の16代当主・前田利為侯爵が住んでいた「旧前田家本邸洋館」です。現在の駒場公園は、かつて前田家の敷地になっていて、昭和4(1929)年に竣工した洋館と昭和5(1930)年に建てられた和館が残されています。
洋館の中に入ると、どっしりとした木材と蛇紋石(じゃもんせき)の重厚な空間が出迎えてくれます。語学が堪能で海外生活も経験した利為が、海外からの客人をもてなすために、イギリスのカントリー・ハウス(貴族の館)風に館を作りました。
1階は主に、国内外のゲストをおもてなしする私設迎賓館としての役割を持っていて、パーティや式典、晩餐会などが行われました。窓の外には広大な芝生と築山があり、園遊会が行われたほか、家族はスキーや乗馬を楽しんでいたのだそう。
2階は前田家の家族6人が暮らしていた私室がメインになります。当主の書斎は重厚で落ち着きのある部屋。壁にあしらわれている金唐紙はとても高価なもので、現代の名工が復原しました。
紫を基調に、ドレープのカーテンや調度品が置かれた夫人のお部屋は繊細で優美な空間。絨毯は当時(96年前!)のものを修復して展示しています。そのほかにも西洋のライフスタイルに倣って4人のこどもたちにそれぞれ部屋が与えられていました。
和の心でおもてなしをする「旧前田家本邸和館」
洋館から渡り廊下でつながっている和館は主に来客用、特に外国からのお客様をもてなした空間です。純和風の造りで、趣のある日本庭園には大きな石灯篭や人工の滝、池には優雅に鯉が泳いでいます(が、当時は来客の時だけ水を入れていたそうです)。
1階は伝統的な裏千家の茶室と格式ある書院造の座敷。付書院にあるケヤキの一枚板や、鳥居型の三段違い棚、花模様の透かし彫りを施した欄間など、見事な造形をそこかしこに見ることができます。
2階は数寄屋風のお部屋。障子に四角や丸に切り取られた窓があり、外の風景を眺めることができるという風流な作りです。
洋館・和館とも見学自由で、定期的にガイドツアーが開催されています。予約不要・参加無料なので、訪れた際はぜひガイドツアーに参加することをおすすめします。
旧前田家本邸
親愛なる渋沢栄一翁へのプレゼント「青淵文庫」
桜や紅葉の名所として有名な飛鳥山公園は、一万円札でおなじみの渋沢栄一の邸宅があったところとしても知られています。
鉄筋コンクリート製の直線的な長方形を、縁取るように飾られたタイルが印象的な「青淵文庫(せいえんぶんこ)」。こちらは大正14(1925)年に渋沢栄一が傘寿(80歳)と、男爵から子爵になったことをお祝いして贈られた建物です。
おめでとうの気持ちがあちこちにあふれていて、渋沢家の家紋である「丸に違い柏」をモチーフに、柏の葉とどんぐりがあしらわれたデザインタイルはなんと約2700枚、一枚ずつ手作業で作られたというから驚きです。
ステンドグラスのデザインも、柏の葉と壽の文字(寿の旧字体)がモチーフになっています。左右には、この青淵文庫をプレゼントした竜門社(現在の公益財団法人渋沢栄一記念財団)の名にちなんで、昇り竜・降り竜が囲んで見守っています。
1階と2階をつなぐ階段と窓が織りなす空間は必見。階段の角度や手すりの先のくるくるとした形、この時代ならではの曲線美にうっとりします。
動物やハート、遊び心が隠れている「晩香廬」
青淵文庫のすぐそばにあるコテージ風の建物は、洋風茶室として造られた「晩香廬(ばんこうろ)」。栄一の喜寿(77歳)をお祝いして、親交の深い清水組(現在の清水建設株式会社)から贈られた建物です。
鶴をデザインした照明や船底天井のレリーフには鳥やリスなどの動物が見えています。家具にハート形のマークが施されていたり、暖炉の道具をかけるフックに南国のような絵が描かれていたりと、遊び心も満載。
11月中旬から12月上旬は紅葉が見ごろで、晩香廬と紅葉が織りなす風景も見事です。
渋沢史料館本館と合わせて、3つの建物で渋沢栄一の功績や人柄に思いを馳せてみると、心が洗われること間違いありません。
渋沢史料館
多国籍空間に迷い込む?ワールドワイドな「築地本願寺」
この建物は、レトロと呼んでいいのでしょうか? 令和の今見ても異彩を放つ外観が特徴的な築地本願寺です。
日本ではなかなかお目にかかれない異国情緒を感じさせる建物は、建築家の伊東忠太が設計を手掛け、昭和9(1934)年に竣工しました。外観は、インドの古代仏教建築の要素が取り入れられています。また、内部は伝統的な日本の寺院の意匠を踏襲しながら、様々な建築要素が用いられている点が見どころ。
階段を上ると本堂へ。こちらは普段誰でも入ることができ、多くの人が訪れています。中に入ると、正面にはご本尊の阿弥陀如来が安置されていて、一見伝統的な浄土真宗のお寺の造りですが、高い天井にはシャンデリア風の照明が下がっています。
この柱の下部分、当初はストーブとして造られていたもので、レリーフで四方に四神(青龍・白虎・朱雀・玄武)が描かれています。今はエアコンで管理されていますが、上部にはモニターが設置され、きっちり現在の役目を果たしています。
そして後ろを振り返ると、上部に見えるのはパイプオルガン。お寺にパイプオルガン?と意外に思いますが、この高い天井と相まって、厳かで豊かな響きを楽しむことができます。
通常非公開の議場(現講堂)は、法事やイベントなど、特別な時にだけ使用される部屋。もともと議場として作られていて、正面に向かって半円状にテーブルと椅子が並び、すり鉢状になっていたそうです。
第一控室・第二控室・第二貴賓室からなる講堂控室(通常非公開)。このお寺では、仏式の結婚式も挙げることができ、その際は講堂控室が新郎新婦や親族の控室にもなるそうです。和装もウェディングドレスも似合いそうな空間です。
昭和の映画やドラマのワンシーンのような控室。実際に撮影などに使われることもあるそうです。
本堂の左右にある階段にも注目です。動物の彫刻があちこちにあり、ぷっくりした姿がキュート。建物の中と外合わせて13種類いるので、探してみるのも楽しそうです。
階段の装飾になっている円形のレリーフも、よく見ると1つずつ模様が違うことに気づきます。細部に隠れた建築家のこだわりに注目。
議場(現講堂)と講堂控室の特別公開は終了しましたが、本堂へは参拝時間(6時から16時)であれば、どなたでも自由に入ることができます。また、毎月最終金曜日にはランチタイムコンサートを開催しています。
築地本願寺
今回は、3スポットにある5つの建物を見てきました。現代の定規で測ったような直線的なビルディングもカッコイイけれど、あの時代の何とも言えないまろやかな曲線や手作りのぬくもり、そしてちょっとした遊び心に気持ちがなごみます。
前田家の人々は、あの洋館でカツレツやオムライスを食べたりしていたのでしょうか? 渋沢栄一さんはあの青淵文庫で日々どんな話をしていたのでしょうか? そして築地本願寺の完成を見た当時の人々はどんなに驚いたことでしょう! タイムスリップして、現場を見に行きたい気持ちでいっぱいです。
東京文化財ウィークは、都内の文化財をより身近に感じてもらうためのイベントです。文化財の一斉公開や特別展、講座などが行われ、中には通常非公開の文化財が期間限定で特別公開されるものもあります。今回紹介した建物は、一部を除き通年公開しています。公開日時など、詳細は各ウェブサイトをご確認ください。
ほかにも各地の文化財関連イベントを11月30日(日曜日)まで開催しているので、秋のおさんぽを楽しんでみてはいかがでしょうか。
東京文化財ウィーク 2025