【多摩動物公園】オオアシトガリネズミの行動を利用した知見の集積

東京ズーネット
 多摩動物公園の「モグラのいえ」では、オオアシトガリネズミを飼育展示しています。名前に”ネズミ”がつき、見た目も似ていますが、ネズミのなかまではなく、じつは”モグラのなかま”です。

 多くの方にはなじみのない生き物でしょう。それもそのはず、日本の生息地は北海道だけなので、本州にお住まいの方は普段から野生の個体を見ることはありません。北海道に住んでいる方にとっても、認知度が低いこともありますが、目にすることはほとんどないようです。なぜかというと、おもな生息域は灌木林地帯、草原、湿地帯の地面です。さらにモグラのなかまだけあって、落ち葉が堆積して植物が生い茂っている場所をもぐって移動し、ときにはやわらかい地面に穴を掘って生活しているため、人目のつく場所にはほとんど出てこないのです。

 このような性質から捕獲には習熟した技術が必要です。また、神経質な個体も多いことから飼育も難しく、生態の多くが謎に包まれています。多摩動物公園では、飼育ケース内に巣箱や隠れ場所を多めに設置し、落ち葉をたくさん敷いて、もぐりながら移動できるよう工夫しています。しかし、生態を解明するためには、実際に個体を観察し、ときには捕まえなくてはいけません。しかし、隠れて見えないし、無理やり捕まえたらパニックを起こして死んでしまう個体もいます。そのため、負担をなるべくかけずに知見を収集することが重要です。

 そこで、「もぐる」「隠れる」習性を逆手にとり、刺激を最小限にとどめつつ、生体情報を収集します。じつは意外に簡単な方法で、個体の前に塩ビ管でできた筒を差し出すだけです。すると、不思議とすんなりと入ってくれます。おそらく、普段から地面にもぐったり隠れたりするので、筒は異質ではあるものの、体に合ったサイズであれば本能的に入りこんでしまうのでしょう。奇妙なのが、どの個体も、日に何度も繰り返しても、出入りするのです。こちらにとっては簡単に捕獲できるのでありがたいものですが、まったく不思議なものです。
 

オオアシトガリネズミの体重測定準備

 さて、捕まえて何を調べるかというと、体重を測ります。じつは体重を調べるだけで、さまざまなことがわかります。どの個体も季節に応じて特徴的な変動を示しますが、特に注目するのは越冬前の11月と越冬後の5月の体重です。まず、越冬前の11月はメスよりもオスの方が重くなる傾向があります。そして、越冬中は雄雌ともに体重が極限まで低下します。5月に向けて体重が徐々に増加しますが、オスは緩やかに体重が増加するのに対し、メスは短期間で急激に体重が増加して、換毛した末に減少する時期があります。オスにはこの現象は起こりません。
 
体重測定のようす
体重測定用の塩ビ管

 試しに、性別未判定の新しく搬入した個体7頭について、越冬前の11月中の体重が11g以上になった4頭をオスと推定し、PCR法というDNA解析技術で性判定をおこなったところ、3頭がオスでおおむね的中でした。残りの1頭は性別不明と判定が出ましたが、5月を過ぎた現在、換毛が起こっていないため、おそらくオスであろうと推測しており、寿命をまっとうして死亡した際には再度判定をおこなう予定です。

 外見からは雌雄がまったくわからないので、単純に体重を測るだけで性別判定できれば飼育下繁殖を効率的に進めることができ、非常に有意義な情報といえるでしょう。特に繁殖生態は謎が多く、多摩動物公園でも繁殖に成功していますが、継続して繁殖させることはできていません。認知度も低く、今のところ絶滅の危機にも瀕していない、神経質で飼育しにくい生き物ですが、根気よく飼育、繁殖技術開発に取り組み、謎の生態の解明に貢献したいと考えています。

〔多摩動物公園飼育展示課 南園飼育展示係 川上〕

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