Chef's Thoughts on Tokyo:レバノンから日本へ本格的なアラビア料理を東京に

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東京に暮らす人々や要人にアラビア料理を振る舞ってきたシェフのジアード・カラム氏が、その経験と知見を語る

 偉大な大都市の特徴の一つは、食の多様性に溢れていることだろう。東京はまさにそのような都市であり、街路に立ち並ぶたくさんのレストランで世界中の料理を味わえる。その一つ、「アラビア料理レストラン アル・アイン」は、本格的なアラビア料理を一般の人々から各国要人にまで振る舞い、グルメのるつぼである東京にレバノンの香りを添えている。

香りに満ちた都市

 シェフのジアード・カラム氏が営むアル・アインは、多文化が共生するエリアである六本木に店を構えている。レバノンの国立調理師学校で学んだカラム氏は、駐日クウェート国大使館にシェフとして雇用された。「1991年に大使付きのシェフとして来日しましたが、3カ月もしないうちに行き詰まってしまいました」と言う。

 1990年代初頭、本格的なアラビア料理に必要な食材を調達することは難しかった。「最初はラム肉などの特定の肉、ハーブ、バスマティライスが見つからず、料理するのが本当に大変でしたが、街を歩き回り、小さな商店に入り、人々に尋ねるうちに、どこへ行けばよいかわかるようになりました」

 しかし、そのような苦労も今では昔話だ。カラム氏によると、飲食業界の最大の変化の一つが世界中の食材が手に入りやすくなったことである。「今はもっと開かれていて、私の料理で使う食材の調達がはるかに容易になりました。たまには難しいこともまだありますが、どんどん調達しやすくなっています」。東京は30年前と比べてはるかに多様になり、海外の食材を販売する輸入品店も見つけやすくなった。長年この業界で働いてきたカラム氏は、日本国内の信頼できる仕入れ先のリストを確立している。

 こうした仕入れ先のつながりと伝統的な調理手法に支えられて、アル・アインはレバノン料理を中心に、湾岸諸国やその他アラブ諸国の代表的な料理も厳選して加え、美味しくて新鮮なアラビア料理を提供できるのである。

 「クオリティの高い食事の提供に集中できるように、コースは2種類しか用意していません。コースは、人気のある伝統的なレバノン料理を中心とした冷たいメッゼ(前菜)と温かいメッゼから始まって、メインディッシュのシシカバブ、カブサ(炊き込みご飯)、本日のおすすめの一皿と続きます。クウェート国大使館時代は、湾岸諸国だけでなく他の地域のアラブ系のお客様にも料理を提供していたため、クスクスなど各国の料理や、レバノンに地理的に近い地中海料理も一部取り入れました」とカラム氏は説明する。

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コースメニューより、本日のおすすめの数々 Photo: courtesy of アル・アイン

 アラビア料理とインド料理はともすると混同されがちだが、アラビア料理はスパイスというよりもハーブを多用する。「欧米では、レバノン料理の健康効果の高さや、野菜と穀物が材料の60%を占める素晴らしいメッゼがよく知られています。私は健康的な食事を作りたいので、旨み調味料や食品添加物は使いません」とカラム氏は説明する。

日本初の本格的なアラビア料理レストラン

 東京の駐日クウェート国大使館でシェフとして勤務していた頃、日本に本格的なアラビア料理レストランがないことを知ったカラム氏は、本物のアラビア料理を提供するレストランを自分で開くことを検討し始めた。「1995年の夏に、横浜で最初の店をオープンしました。今と比べると楽なことではありませんでした。現在はインターネットやソーシャルメディアがありますが、当時は新聞に広告を掲載しなければなりませんでした。私たちが始めた頃は日本に本物のレバノン系アラビア料理レストランがなかったので、あらゆる手を使って知名度を上げる必要がありました」とカラム氏は話す。

 当初はアラビア料理に馴染みがない日本人が多かったこともあり、その魅力を伝えることは困難だった。「日本人のお客様の多くは、イタリア料理やタイ料理なら知っているし理解もありますが、アラビア料理はまったく別の世界です。しかし一度味わえば、何度でも足を運んでいただけるでしょう」

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シェフのカラム氏が提供するミントティー、マームール(デーツを詰めたセモリナ小麦の焼き菓子)、『アラビアン・ナイト』の物語に登場するマハラベーヤ(ローズウォーターで香りづけしたミルクプリン)

 創業時の横浜のレストランから移転し、現在カラム氏が力を入れているのは六本木のレストランである。「お客様の大半が東京から来てくださっていて、移転を望む声が多かったので、それに応えたのです。ここに移ってから、お客様の多様性が増したことに気付きました」とカラム氏は説明する。東京の方が多様性に富むことから、彼の六本木の店にはより多くの外国人の居住者や観光客が訪れる。

 「1995年に横浜で店を始めた当初は、料理について説明したり、使用した食材や食べ方を教えたりしなければならないことも多かったのですが、六本木の店では単に料理を出すだけです。お客様は料理のことも食材のことも知っているので、席に着いて、そのまま食事を楽しめます。アラビア料理は日本ではまだ知名度が高くありませんが、インバウンド旅行者や在住外国人の増加に伴って、アラビア料理のことを知っている欧米人のお客様が多く来店されるようになり、仕事がしやすくなりました。ここに移転したことで、東京の方がはるかに多様性に富んでいることに気が付きました」とカラム氏は述べる。

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伝統的なレバノンのアラック(アニス風味のリキュール)とともに提供される冷たいメッゼ Photo: courtesy of アル・アイン

 東京に在住または訪問中のアラブの人々に本格的なアラビア料理を提供できることも、カラム氏の誇りである。

 「アラブ諸国出身の人々が多く来店しますが、それはふるさとの伝統料理を楽しみたいからです。頻繁には帰国できない人も多いので、本格的なアラビア料理を味わいに来るのです」。そうした人々にとって、アル・アインは都心の喧騒(けんそう)の中にある本物のふるさとの味なのだ。

きずなと祝福のための料理

 クウェート国大使館で働いていたカラム氏の料理の腕は高く評価されており、今でもVIP客やイベント向けのケータリングを継続している。2011年の東日本大震災の後、クウェートが復興支援のために500万バレルの原油を寄贈したときのイベントでは、来日して赤坂離宮に滞在した要人たちに本格的なアラビア料理を提供する役割を務めた。

 食は文化や伝統を祝福し、異文化間に架け橋を築く手段である。国際的な人口が増加している東京のような都市では、皆が集まって理解し合うことがかつてないほど重要になっている。カラム氏にとって、母国の最高の料理を用意して提供することは、ある種の文化交流だ。「他国の文化を知りたいなら、その国の人々の食べ物を体験するべきです」

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美味しい料理を提供することは、同じテーブルに着く機会をもたらし、異文化間の橋渡しをして人々を結びつけることに役立つ

国際都市での暮らし

 カラム氏は仕事以外でも人生の大部分を日本で暮らし、家庭を築いてきた。日本在住30年を超える彼は、年月を経て発展するこの街を目の当たりにしてきた。「来日して以来、多くのエリアが変化しました。秋葉原や渋谷は、私が最初に訪れたときよりもずいぶん賑やかになりました」

 オフの時間は東京の静かなエリアの探索を楽しむ。「広尾は素敵な公園があって好きですね。クウェート国大使館に近い高輪にも数年住みましたが、あそこは閑静なエリアです」。カラム氏はある程度の平穏さを大切にしており、それは東京のような密集した都市でも意外に見つかるものだという。

 「東京では、あるエリアはものすごく賑やかでも、ひとつ角を曲がるととても静かになることがあります。たとえば、娘が通った府中の大学は緑豊かで人が少ないので、散歩を楽しんでいます。武蔵野の森公園、アメリカンスクール、プラネタリウムがあるエリアも好きです」

 東京で最も価値があると思う点について、彼は「とても便利な街です。夜でもいろいろな公共交通機関が動いているし、24時間営業のコンビニエンスストアもたくさんあります」と話し、「ほかの国で真夜中にアイスクリームを買おうとしたら苦労するかもしれませんが、ここなら大丈夫」と笑った。

ジアード・カラム

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元大使館シェフ。1995年の開店以来、世界中のVIPに料理を提供し、料理の芸術性を発揮し続けている。バーレーン国王の来日時、またアラブ諸国の首相、その他賓客のホテルレセプションや公式訪問の際には、しばしば現地での出張料理を依頼され、中東のホスピタリティの粋を表す料理を振る舞っている。

アラビア料理レストラン アル・アイン

https://www.alaindining.com/

 

取材・文/ローラ・ポラコ
写真/穐吉洋子
翻訳/友納仁子

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